2026/2/2
要件を疑った男は、最後に人を削った『イーロン・マスク(上・下)』書評
合理性が成果と破壊を生む。
イーロン・マスクは、ロケットも、車も、常識も削ってきた。この伝記を読んで気づくのは、彼が最後に削ったのが「人」だったという事実だ。
世界一の資産家。テスラとスペースXを率い、EVと宇宙開発を現実にした人物。
だが本書に描かれているのは、完成された英雄ではない。
ある一点に取り憑かれた、極端で危うい人間だ。
「要件はすべて疑え」
イーロン・マスクの思考を貫く言葉がある。
「要件はすべて疑え」。
前提、慣習、業界の常識。
説明できないものは、すべて仮だとみなす。
これを読んだとき、そういう仕事術なのかと思ったが、実際は性格に近い。なぜならこの姿勢は、成功した後に獲得されたものではなく、子供時代から一貫して表れているからだ。
ロケット開発でも、組織運営でも同じようにする。使う場面を選ばない。戦略でもなく、もはや反射的にそうする。
削ることで前に進む
スペースXでは、「なぜ必要か説明できない部品」を削り続けた。
テスラでも同じだ。
過剰な工程、無意味な安全マージン、長年放置されてきた前提。
削った結果、ロケットは飛び、EVは量産された。
ここだけ見れば、彼の合理主義は正しく成功した。
宇宙は理想ではない
マスクが宇宙に執着する理由は、ビジネスではない。
子供時代に読んだ『銀河ヒッチハイク・ガイド』。人類が簡単に消える物語。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』書評|地球が消え、「42」が雑に扱われる理由
彼を動かしているのは希望ではなく、人の意識を残せなくなることへの恐怖だ。
だから赤字でもやめない。休むという選択肢がない。
サラリーマンである自分には、仕事と人生の境界を無くす勇気はない。しかし、イーロンはそれにより成果を生み、同時に周囲の破壊も生む。
ツイッターで起きたこと
ツイッター(現X)買収後、大量解雇と出社回帰が行われた。
正直に言えば、サラリーマンをやっている私はここで引いた。
だが同時に、ある連想が浮かんだ。
スペースXやテスラで、不要な要件や部品を削ったのと同じように、彼はツイッターの社員を削ったのではないか。
会社は機械。機能しない部品は取り除く。
彼の中では、一貫した合理性だったのだろう。
だが、ここで問いが残る。
人も、部品と同じように削ることは良いことなのだろうか。
合理的はいいこと?
イーロン・マスクは冷酷なのではない。むしろ感情的だ。
怒りや不安を原動力にし、合理性という道具で実行してしまう。
その正しさは、世界を前に進める。
イーロンは同時に、人をも切り落とす。読み終えて私は彼を100%尊敬できなかった。
だが、理解してしまった。イーロン・マスクは正しい。
しかし、その正しさは人を傷つける。
この伝記の価値は、その事実から目を逸らさせない点にある。









